ファントム8000

 

今日は、ファントム8000の試し履きを兼ねて芦屋-有馬間を歩荷してみた。今回の山行ではファントム6000が最適かと思われたが、ゲイターを別で付けると8000の重さを越えてしまうのと、いつも足型で悩まされてきたのが8000だとインナーを自分の足に合わせて熱成型出来る事からこの選択に落ち着いた。

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2014年10月に発注してインナーの熱成型を繰り返し、インナーを新品に入れ替えては再度熱成型、踵の持ち上がりを防ぐ為、アウターの踝回りの縫製を一度解いて厚みを持たせ完全にフィットさせてくれ2015年1月に完成。ICI三宮店のS中さんにはプロフェッショナルな対応を頂き本当に感謝です。

肝心の歩いた結果だがフィッティングはまずまずで、踵の浮き上がりも無い。ただ足首回りの剛性が高すぎて足首が痛すぎる。店内では気にならなかったのに...。足首回りを固定するインナーとアウターのベルクロをガタ緩みにすると一応歩行は出来るが靴の中で足が前に移動する為下りでつま先が痛い。なんとかなりそうだが、参った!たぶん爪割れる。帰宅後靴を脱ぐと中から凄い蒸気が、低温時の保温性はさすがに凄そうだ。

アッパーバルトロ踏査隊

 

 K田さんより、2007年アッパーバルトロ踏査隊遠征時の各隊員の血中酸素濃度データを戴きました。K田さんは遠征一ヶ月前に6月の富士山を3日連続登頂、最終日は9合目でのビバーク付きというトレーニングのお陰でバルトロでもビデオカメラを持って走り回っていたとの事でした。強靭な肉体は強靭な精神力により作り上げられたという感じでしょうか。去年K田さんの生足を見ましたが男ながらに惚れ惚れする筋肉でございました。

話はそれますが、2014年1月のK田さんの年頭の挨拶を読み男気に惚れ僕は雲峰に入会した次第です。
http://fujimt.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-68b0.html

データを見るとやはり多くの方が4000m付近よりSpO2に影響が出ており4600m滞在翌日には一名がSpO260%台と重度の高山病への兆しが見えております。

『症状が出たら一回高度下げてまた上がってきたらええーんや、それでもダメならもう一回降りて上がる二回やればケロッとしとるわい』といつもの師匠よりのお言葉です。
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低酸素トレーニング開始

 ヒマラヤへ行きたいというのに日本の山でも森林限界を越えた辺りで歩くペースが突然亀のように遅くなってしまう。最近は特に顕著な気がする。

昔から体はガリガリで体は強い方ではなかったがやはり肉体的に向いてないのか。

2015年末の冬季槍ヶ岳でも西鎌尾根で突風にあおられながら亀の歩み。メンバーのY岡さんに『あとは僕の夢託します』と冗談か本気か判らない発言をしていた。

高所での低酸素の状況は特殊で、いくら低地で激しいトレーニングを積み重ねようが無意味なようだ。山本正嘉教授の『登山の運動生理学百科』を参考に低酸素状態への対策を練る。


そして実践へ。

関西にも最近4000mまで体験出来る低酸素ルームが出来たが、高所テスト及び6000mとより高地が体験出来るミウラドルフィンズへ行く事とする。金曜日の夜行バスで東京へ行き土曜日の夜行バスで神戸へ戻る0泊プランで強行。

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三浦雄一郎さんの施設に感動しつつ先ずは高所テスト。

肺活量、一気に息を吐く量、足の筋力どれもやはり弱い。

そしていよいよ血中酸素濃度(SpO2)を測る測定器を取り付け低酸素ルーム内へ。

安静状態でも頭がボーっとして少し鼓動を感じる、山を歩いている時に良く似たこの感覚、いつも酸欠だったんだと気づかされる。この感覚を意識出来る事が重要らしい。100%弱だったSpO2が80%に。そして踏み台昇降運動開始SpO2は70%台へ。ここでいろいろな呼吸方を試してみる。

いつも高所で行っていた深呼吸を繰り返してもSpO2は上がらず、肺に圧力をかける有圧呼吸と換気の量に気を使いながら自分なりのリズムを見いだす。するとSpO2は90%程度まで回復。頭はスッキリとしガンガン動ける、まるで別人になったようだった。呼吸法をやめると全身が重くなりやがてふらつきだす。すごい事を知っちゃいました。

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残念ながら有効な呼吸法は人それぞれなので実際に試さないと判らないらしいです。

睡眠中のSpO2は問題なく、続けざまに4500mでのトレーニングを実施しフラつきながらトレーニング終了。

東京ですごいものを手に入れてきたと思いきや、数日後T木師匠より電話が入る『ミウラドルフィンズどないやった』、『呼吸法がそれはすごくて』、『そんなんわしに聞いたら教えたったのに』

なんと無駄足だったのか!ともあれまた一歩頂上へ近づきました。


ヒマラヤへの第一歩

 

 いつかはヒマラヤへという気持ちは、山登りをしている内に自分の中でも知らず知らずの内に育っていた。しかしそれは子供が巣立った後か定年後に実行する事だと思っていた。
しかし夢を人に語ることで協力してくれる人や後押ししてくれる人が出てきたり新たな人との出会いをもたらしてくれ思いもよらず急速に前進することになった。

クラブ雲峰に入り三笠岩での練習の帰路K田さんと自分自身の目標について話す機会があり、クラブ雲峰は海外遠征でもすばらしい記録を残している事を教えて頂いた。

初めての年次総会の場でT木さんを紹介頂く。カンチェンジュンガの北部に位置する当時未踏峰のナンガマリ峰を目指すとの事であった。僕は、当時『是非僕もヒマラヤへ行かせて下さい。指の一本や二本無くなるのは覚悟しています』と言ったのを思い出す。『わしと山へ登ったら必ず無事におろしたるから、指の一本も絶対なくならんわ』と両手の指をみせて微笑んでくれた当時を思い出す。今となっては自分の発言に自分が驚いてしまう。

ナンガマリ
ナンガマリⅠ峰(右)、同Ⅱ峰(左)


とんとん拍子に話は進み遠征登山の為に日本山岳会へと入会、伝説のクライマー重廣恒夫さんともテントを御一緒頂くという機会に恵まれた。

少しずつ準備が進む中、2014年末ドイツ隊によりナンガマリⅠ峰が登頂されたと言う一報がT木さんより入り愕然とする事になった。合わせて家庭の事情もあり遠征隊を離れる事に。しかしその時必ず自分の力でヒマラヤへ行く事を決意していた。


ナンガマリは約2ヶ月の期間を要する山であった。

ヒマラヤの事を調べだすと自身の都合に合う短期の日程でも登れる山が多く見つかった。

33箇所あるNMAピークの中から、登攀グレード、日数、山容をベースに自分の目標を定める。

ヒマラヤへ行くからには是非ともエベレストが見れる所へ。クラブ雲峰プモリ西壁遠征隊は頂きよりすばらしいエベレストの雄姿を見たことと思われる。

しかしながら、カトマンズ-ルクラ間の国内線遅延問題に悩まされる事に。テンジン・ヒラリー空港は山間部にある為天候の影響を受けやすく、プレモンスーン期には一週間飛行機が飛ばない事もざらにあるとの情報。これでは山登り所ではなくカトマンズの往復だけで終わってしまう可能性まである。

気持ちを切り替えカトマンズの北部ランタン地方に焦点を絞る。世界で一番美しいと言われるランタン谷。ヒマラヤグレードPDのナヤカンガ峰を目標の山と設定、登攀意欲をそそられるランシサリ峰をアルパインスタイルでいつかクラブで登れたらと麓までの偵察も日程に組み込んでいた。

そんな中未曾有のネパール大震災が起こりランタン谷は地震の影響で壊滅的なダメージを受ける。

地震でネパール国民の生活もままならない中、何の協力も出来ないままに日本国内でネパールの状況を見守る事となる。

月日は経ち登山の手配を依頼していたエージェントより2015年のポストモンスーン期に登山を再開するとの連絡が入る。

再度山の選定に入り、地震の影響の少なかったアンナプルナ方面へと目を向ける。ピサンピークを目的の山と設定したが、現地ポストモンスーン期の最新情報によると山頂直下の氷河が地震の影響で崩落し通常のルートが使えない状態でハイキャンプでの水の確保も出来ずどの登山隊も苦労しているとの事。

諦めかけていた中見つけたのが同じヒマラヤグレードPDのチュルー最東峰、西にダウラギリ、南にアンナプルナ、東にマナスルを見渡せる位置にある。この山は氷河の崩壊等もなく水の確保も問題ないとのことだった。この山をヒマラヤへの第一歩とすることに決めた。
チュルー最東峰
チュルー最東峰

ギャラリー
  • 2016ヒマラヤ・チュルー最東峰
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